pepetto

ぺぺっと不機嫌

3人のフリーター

ここ数ヶ月で女子中学生のような体験をした。非常に楽しく大人げなかったことをまずは反省しようと思う。

あまりよくないことをした、とは思う。もし事の発端へ戻れるのなら……、いやたぶん同じことをしたかな。

順を追って説明したい。長くなるし、最低な話だから読むのは自己責任だし、それに対するどんな意見も受け付けていない。わたしは吐き出したいだけで、賛否を募っていない。

じゃあはじめよう。

まず登場人物。第一にわたしだ。
ブラック会社にそれなりの意趣返しをして退職し、とりあえず始めたバイトが楽しくて困っているフリーター。

次に対立した同い年のレディだが、名前はそうだな……、びっちにしよう。かわいらしくひらがなで「びっち」だ。
銀髪うさぎメイクのかまってちゃん。店長と不倫していた。のちに裏垢女子と特定される。フリーター。

そしてシャチ。実名は出せないのでそう呼ぶけれど、決して外見や性格がシャチに似ているわけではない。どちらかといえば、大きな耳が垂れたうさぎに似ている。
わたしとびっちの間に挟まれる(挟んだつもりは毛頭ない)善良なフレンズ。びっちのことは小学生のころから知っているらしいが、親友だと思っているわけではない。

そのほか、以下の方々がご出演なさる。

猫先輩
バイト先の先輩。びっちから何故か絶大な信頼を得ていて、情報を引っ張り出してくれた。

おくにさん
バイト先の主婦さん。わたしのことを好意的に見てくれている。


びっちとの出会いは半年前。バイト先で初めて会ったのが彼女だった。第一印象は「苦手なタイプ」。端的に表すなら学級委員長がわたしなら、馬鹿だけど教師に可愛がられるギャルがびっちって感じ。

偏見といわれればそうだが、経験上そういうタイプの人とは仲良くなれない。価値観がちがう。波長ならその場しのぎにチューニングできるけど価値観は無理だ。譲歩したところでストレスが蓄積されるだけ。

価値観の相違は離婚原因のトップ3にはいるに違いない。それくらい重要ってこと。

で、まあ教育係になった。びっちがわたしの。仕事の話は割愛するけど、間違ったことを教えられたけどそれをびっちにいうわけにもいかなくて多めに謝罪の言葉を口にするハメになったとだけ言っておく。

「同い年だし仲良くしましょうね」といってきたのはびっちだった。曖昧な返事を心がけた。現実を巻き戻して再生できるなら観て欲しいくらいだ。はじめから仲良くするつもりもしたいとも思っていなかったんだ。

なぜかと言われると困るけど、ぶりっ子が苦手なんだ。遡ればそんな記事書いたことある気がするけど、感心はするけどどうにも合わない。利用価値で応対を変えるところが現金で苦手なんだ。とにかく店長にぶりっ子だった。なんでかってのはびっちの登場人物紹介で書いたよね、そういうこと。バレバレだったよ。

そこでまあまず、わたしは純粋に苦手だと思いながら表面上都合のいい後輩をやっていた。周りの人がびっちについて不平不満を口にすることもなかったし、なによりびっちが大親友としてシャチを紹介してきた。

初対面からシャチはいい人で、仕事がびっちよりきちんとしてた。すぐにびっちよりもわたしの中での好感度は高くなった。びっちと相対的にみたんじゃないかって自問自答したけど、そんなことなかったよ。

でもびっちと大親友っていうからちょっと注意してたんだ。類友って本当にそうだと思うから、びっちと価値観が同じなら無理だなって。

でもどうやらびっちと同じ雰囲気はなかった。だから遠慮なく関係を築こうと思った。そんなに深く考えなかったと思う。

はじめは誰と話すにも教育係であるびっちが間に入って緩衝材だった。人見知りだったから助かったけど、びっちはとにかく自分の恋愛とコスプレの話ばかりで正直うんざりだった。仕事中携帯を構うのもいただけないしね。

結局わたしはびっちと仲良くするために好みの話を振ったり聞き手に徹するのを3ヶ月ちょっとがんばってやめた。嫌われても問題ないのになんでこんなに頑張るんだってバカバカしくなった。

そのぶんシャチにサプライズして驚く顔を見る方がワクワクしたし楽しかったんだ。

ぱたりと都合のいい後輩の任を投げたのにはきっかけがある。先輩の送別会があったんだ。
送別会はまあうんいろいろ思うところはあったけど、恙無く終わった。その後だ。

大人ならわかると思うけど、終電がなくなった。飲み会場はわたしの家から徒歩2分。びっちがなにを言い出したと思う?聡い人なら話の流れでわかるよね、その通り。二次会はわたしの家で、っていうんだ。

断ればいいって?断った結果をこれから書くよ。いいかい、断った結果、わたし以外はカラオケに行って、わたしは家の掃除をした。どういうことかって?家が散らかってるって断ったんだ。無論断る常套句だ。本当に散らかってたけど、散らかってなくてもそう言ったと思うね。

わたしが家の掃除を深夜ひとりで余儀なくされていたとき、カラオケで気分よく自分の歌声を披露したびっちはわたしの家で納豆味噌汁とサラダを食べて、ゴミと付属のポン酢を置きっぱなしにして帰った。
わたしはその日はとても朝が早くて眠かったんだけど、客を家に迎えて家主が寝るわけにもいかなくてね。

仲のいい友人なら放って寝たかもしれないけど、なにせびっちだ。彼女はわたしがいう言葉ひとつも聞かない。「本棚は見ないでほしい」って言ったのに「なんで?こんな本読んでるんだって思うだけだよ」ってさ。だからそれが嫌なんだよバカが。
ああごめん口が滑った。違うね、手が滑った。

わたしを知ってる人には常識なんだけど、iPodの中身と本棚の本を見られるのがとても嫌なんだ。恥じ入るものはひとつもないけど、とにかく不愉快なんだ。スマホを見られた方がマシだ。

だから絶対に寝れなかった。びっちが寝るまでは。まあだからオールさせられたんだけど。

ここで苦手から軽蔑と嫌悪感を伴う嫌いになった。たったこれだけでって思うかもしれないけど、全部は書ききれないんだ。つまりそれまでにも耐えることがいくつもあったってこと。

こいつまじで嫌い、と思いながらバイト先ではそれを隠してた。だってシャチに「君の親友のこういうところまじで嫌いなんだけど君とは仲良くしたいんだ」って言うのは気が引けたし、自分が大好きな友達のこと悪く言うやつと仲良くしようとは思わないだろうし。

そこへきておくにさんにお茶に誘われたんだ。バイト先の主婦に呼ばれるってどういうことかわかる?なんらかの派閥争いの一端に声が掛かるってこと。

まあそこは全然問題なかった。激しく同意見だったから、おくにさんに同意見を示すだけでなんの負担にもならなかった。ひたすらに面白かったね。

そこでおくにさんに言われたんだ。言い難いけどびっちのことが嫌いなんだって。わたしがシャチに抱いていた感情と同じそれでおくにさんはわたしをみてた。

はっきり言った。仲良くない、友達じゃない、わたしも嫌いなんだって。どこがどう嫌いで、どういう考えでわたしが彼女を嫌うに至ったかまで話したさ。3時間ちょっとかな、おいしいパフェをつつきながら話が盛り上がる燃え上がる。

ふたりとも誰にも言えなかったからスッキリしたんだ。同士がいるとわかれば加速する。そういうもんさ。己で留めておいた方がびっちのためにはよかったけど、なぜわたしがびっちのためにより良い方を選ばなきゃいけないんだって話。

要はわたしはまだまだクソガキだったわけだ。そんな自分も嫌いじゃないけどね。

そこからは本当にローリング・ストーンだった。ていうか転がる雪玉だった。転がりながら周りの雪を吸収して大きな玉になっていくように、加速だけならまだしも猫先輩までも巻き込んだ。猫先輩もびっちに思うところあって、概ねわたしたちの意見に賛同的だった。

3人はたびたびびっちについて話した。そこで思うことは3人一緒だった。

「シャチはびっちをどう思ってるんだ」?

聞けば聞くほど不思議なんだ。家に帰らないで友達の家に泊まり込んだり、ネットで知り合った人の家に行ってヤッたり、店長(妻子持ち)と不倫したり、出張とかいってついでにヤッてたり、わたしを平気で2時間待たせたり、一緒にご飯食べる約束をしていたのにわたしたちを待たせてラーメン食べてきたり、仕事が適当だったり……etc.

そんなびっちと親友だっていうんだ。あんないい子が。3人はいろいろ考えたさ。同じようにビッチなのか、価値観が一緒なのかって。そうは見えなかったし、もしそうなら愕然としただろうけど。
弱みでも握られてるのか?とかね。

わたしは最悪、友達を必要としない。もちろんいたら嬉しいし、楽しいや美味しいを分け合いたいと思うけど、我慢を強いたり強いられたりするような関係は惰性でも続けたくなかった。

だからもし、シャチがびっちと同類で、いずれ嫌悪感を抱くようなことがあるなら割り切っておこうと考えていた。そのためにもスパッと訊いておこうと思ったんだ。あとはまあ、シャチに嘘をついてるような気分もあって罪悪感があったのもある。実は君の親友嫌いなんだって白状してラクになりたかった。

これから遊ぶ時にシャチを誘うけど、できればびっちは連れてきて欲しくないんだってわかって欲しかった。

結果的にいえばびっちはシャチの「自称大親友」だった。そういえばシャチの口から親友だとは聞いたことがなかったのに気づいた時には笑ったね。

そこでびっちが思ったより頭のネジがゆるいビッチだったことをより詳細にきいた。他人の話でその人の為人を判定するのは如何なものかって?おいおい甘えるなよ、よく言うだろ?日頃の行いだ。

日頃の行いからしてやっぱりねっていう人は大概そうなんだ。もう大人だからね、経験がものをいう。外れたことないんだ。もし外れてたら謝るよ。君は例外だったって。

ところがびっちの裏垢を見つけてね、フォローしたんだ。そしたらまあ、聞いた話に違わなかった。まあなんだ、これでまたわたしの経験からくる判断に拍車がかかっちゃったわけ。もう外れて赤っ恥かくまでは突き進んでみようかと思う。

で、まあわたしが言ったんだ。シャチに。

類は友を呼ぶというけど、それは違う。友が類になるんだ。ずっと一緒にいると麻痺してくる。自分の普通のラインが友達の普通に寄っていく。少なからず影響は受ける。
自分が正しい価値観かどうかはこの際どうでもいいんだ。誰と付き合うか選ぶ権利はみんなにあって、時給も出ないプライベートで我慢をする必要がどこにあるんだ?

とまあこんなようなことを言った。わたしは上記のとおりに生きてきた。ひとりになるのが怖いなんて、幼稚園の雷の夜くらいにしか考えたことがなかったから、自分がおかしいのかもしれないって思いながら友達だなんて変じゃないかって。

結果的にシャチは関係を考え直して、不満をびっちにぶつけた。それでびっちがシャチの不快だと思うこと(例えばセフレがいることとか、会計時の端数を払わせてきて返済しないとか、自分がダンスの練習をするためのビデオ係と音楽の再生係をさせられるとか)を改善してくれたらそれでいいと思うし、改善されないなら距離を置いたらいい。

結果、現在連絡をスルーしている状態らしい。つまりびっちは自分は間違っていないと思っている。だからシャチに考え直せと。

わたしは交友関係に正しいとか正しくないとかどうでもいいと考えている。ただ互いに嫌だと思ったら言うし、言われて嫌な思いをさせたくないなと思えば改善したい。どうしても譲れなければそれを伝えて、互いに譲歩し合う。それが嫌でないひとと、関係を築く。

びっちは自覚があるのかないのか、とにかくシャチを都合のいいひとだと思っているようだった。
寂しい時、暇な時に遊んでくれるひと。でも自分が恋に忙しい時は放っておくんだ。

それで結局「大親友」に距離をおかれたわけだけど、そこでのびっちの言い分はこうだ。

「割と本気で嫌いになったしああそういう人だったんだなってがっかり、気持ち悪い、人から奪って楽しい?嬉しい?わざわざブロ解して遠ざける作業お疲れ様でした!!!!!!!あからさまに画像とか上げるとこ大っ嫌いです!友達だと思ってた私が馬鹿でした☺️!!」

こちらツイートの全文コピーだ。

大変だ、がっかりされた。よく知りもしない人に勝手に友達にされて勝手に思ってた人物像と違くてがっかりされた。まあよくあること。

ブロ解ってのはたぶん唯一繋がってたInstagramをわたしがブロックして解除したことについての発言だと思うんだけど、これちょっと聞いてほしいんだ。

ごめんね、もう随分長く話してるよね。でもきいてほしい。

わたしはびっちの共有の知り合いとInstagramでまず相互フォロー状態になった。そこからびっちはなんも前触れもなく勝手にフォローしてきたんだ。わたしのInstagramは鍵垢ではないし、フォローするのは自由だ。だけどわたしがその状態を解除したいと思うのも自由じゃない?

ブロックしたままにしなかったのはなぜかって?見られて困るものはないから。でも彼女のタイムラインに流れるのは嫌だった。この気持ちだれにもわからない?たぶん世界には何人かいると思うんだけど。ただ彼女がわたしをフォローしてる状態を解除したかっただけなんだ。

お疲れ様ってほど大変じゃなかったよ。右手の親指で事足りたし。

あからさまに画像上げるってのがなんのことかわからないんだけど、たしかに匂わせポストをしたことがある。1度だけね。

びっちにバレないように猫先輩とシャチとわたしでわたしの家で遊んだことがあって、そこで同じ写真をそれぞれが撮ってそれぞれのアカウントでポストしたんだ。

びっちのタイムラインには同時期に似たような写真が3枚流れたことになる。それについて性格が悪いっていうのは納得だ。たしかにそう思う。

でもそれ以外は本当に、1ミリも脳内にびっちはいなかった。どの写真も普通に投稿してるだけだ。自惚れないでほしい。そこまでの興味はない。

それで、ここから最後の本題。

「人から奪って」。おそらく自分の大親友が自分から離れたことを言ってるんだろうけれど、これが気に食わない。ひとは奪えない。それぞれに心があって、それを自由自在にできないからだ。そしてわたしはそれを尊重している。

わたしの発言がきっかけになったかもしれない。だから?それでなに?シャチを自分の意志のない人形かなにかだと思ってないか?ものじゃないんだ。

シャチはシャチが自分で判断してそうした。わたしが言ったからだなんてそんな自惚れたことは言えない。わたしに人を操る能力などない。

わたしはただ単に、嫌いな人間と距離を置き、好きな人間と関係を築き、思ったことを言った。それだけ。

奪われたというけれど、じゃあシャチからのLINEは読んだ?なんて書いてあった?びっちに対して鬱憤があった。だからびっちから離れたとは考えない?

大親友が離れたのはたった半年前に出会ったわたしが唆したからなの?シャチのことをそんなことで言いなりになっちゃうようなひとだと考えてるんだよね?
なぜ引き止めないの?なぜ嫌な思いをさせ続けたことが原因だと考えないの?

ひとはものじゃない。操れないし、個人がある。譲れるところと譲れないところを譲歩し、尊重する。
ひとには気持ちがある。一緒に遊びたいとか、誰かに恥じることなく紹介してもらえる友人でありたいし、あろうと思う。

そして欲をいえばいい影響を与え合いたい。知らない世界を教え合いたい。

そう思って、自分を正したことある?

とまあこうしてわたしは、女子中学生のように友人を奪った(らしい)。いちばんにわたしが憤慨したところは、わたしが仲良くなりたいと思ったひとのことを「都合のいいもの」と無自覚に認識し、自分のものだと考えているところだ。

わたしはだれのことも束縛したくないし、されたくもない。束縛を申し出る時は、嫌わてもいいからその人のためになると思った時だ。

結果的にびっちを孤独にしてしまったことは申し訳ないけれど、冒頭にも書いた通りだ。もしはじめからやり直せても同じことをすると思う。

それにどうやらもう、シャチから距離を置かれていることはそんなに気にしていないようだ。

ツイートを見る限り、セフレの恋人になるために全身脱毛とダイエットで忙しいらしいから。


ああ、とことん悪影響な記事を書いてしまったよね。改めなくちゃ。まずはそう、ビッチを禁句にするところからかな。

感想覚書 「少女」

相も変わらず暗い話がお好きだと思う。

 

湊かなえ原作の映画「少女」を観た。

覚書をば。

 

劇場予告で観たいと思ったものの劇場公開を見逃し、そのまますっかり忘れていたのだが、先日レンタルショップで目に入ったのだ。

観たいと思った理由として、美少女2人の犯行が観たかった。美しい殺人犯の美しい犯罪や少女らしい動機を、まるで写実的絵画のように観せてもらえるとの期待からだった。

 

そして大人が思う「少女」と少女が思う「少女」との間にある隔たりについて、一考させてもらえるのではなかろうかと。

 

 

結論から言えば、そういった話ではなかった。

予告で騙されたひとは少なくないだろうと思う。小説でもたびたび、最高の装丁に最低の中身というのはままある。むしろ中身がこれだから外見で売ったんじゃないのかと思うことさえあるくらいだ。これは詐欺だと思うのだが、読む・観るきっかけだと言われれば黙るしかない。

 

今回は、詐欺だというほど中身に落胆はしなかった。

 

湊かなえの小説は読んだことがなく、彼女についての知識はゼロだ。触れたといえば、「告白」を観たくらい。

告白のときほど顕著ではないにしろ、登場人物のそれぞれを描くのが好きなのだろうか。今回も、あのひとこのひとと描いている。

メインはもちろん少女2人だが、少しずつ人生の端が重なる人物についても描かれている。

 

この映画のストーリーにはこれといって驚きもなく、推理も不要だった。犯人は誰とか、どうやってとか、予告で期待したものは皆無だったのだから。

 

落胆しなかったひとつの要因として、映像が美しかったことがあげられる。役者は少女ではないにしろ、美しく撮られていて飽きずに観ることができた。

 

山本美月の細い髪が、風や水に揺蕩う様は本当に綺麗だった。

劇場に置かれていたフライヤーもよかったし、デザインはとてもよい映画のように感じる。

 

本田翼の演技はドラマを見る限り好かず、大げさで苦手だったのだが、今回に限っては病室で思いがけず笑うところ以外はすんなり観ていられた。合う役だったのだと思う。

 

緩やかに話が進んでいくのが、映像美とちょうどよかった。

登場人物たちの関係性が明らかになっていく様は、パズルのピースのようにとまではいかない。パズルのピースは「あ!」という発見と驚きが伴うが、この作品についてはそうではない。

並び替え、整理していくような印象。

 

出来過ぎな部分が多々あり、そのご都合主義は仕方がないにしても、彼女たちの夏休みの行動のきっかけについて省略されているように感じる。

 

解説を読んではじめてアツコが死を見るために老人ホームに行ったと知ったのだが、ユキが行動を起こすのはまだわかるにしても、アツコがなぜ死を見たいと思ったのかは明確でない。原作に書かれているのかもしれないが、ここは省かないでほしかったところ。

 

ただ、嫌悪感も陰湿な感じも引きずることなくラストは清々しい終わり方。救いがあってよかったと思う。ヒューマンドラマという感じ。

 

深読みのし過ぎかもしれないが、「了」を書ききるのを見せずに暗転したところが「ヨルの綱渡りは終わっ」てないのかもしれないと思ってしまった。次のターゲットに移るだけという厭世的なメッセージなのかな、と。

 

 

そもそも曖昧模糊。

 

いわゆるアダルトな作品には局部に修正を入れるのがマナーらしい。

個人的にはそっちの方がなんかやらしいと思うのだが、委託先や即売会での販売ルールのようだ。

ところでなぜ修正を入れるのだろう。いわゆるR-18作品は購入時に年齢確認されるようになって、購入者は18歳以上に限定されている。
もちろん完璧ではないだろうが、理屈上その作品を読むのは年齢制限をクリアしているひとだ。だというのに規制が入っている。

なんとしてでも局部が見たいってわけでもないんだけど、相応の条件を満たしているのに見せられないってのは謎だ。

Twitterにて、修正が甘くて新刊の販売ができなかったというツイートを目にした。全体的にモザイクが薄いと言われたという。他のイベントでは通ったモザイクだったが、その日のそのイベントの担当スタッフには薄いと感じられたようだ。
これは恐らく責任問題のため人によって審査がまちまちなのだろうと思う。
別のイベントや委託に回せれば販売は可能だろう。

問題は、なぜ大人も見ちゃだめなのかというところ。

実際、子供だって自分なり親なりでそこに描かれているものはわかっているし、大人ならなおさらだろう。話の展開が公序良俗に反するならそもそもモザイクじゃ規制できていないし、いわゆる猥褻電磁的記録頒布罪だというならTwitterに溢れている無修正画像や動画はどうなるのか。

わざわざ足を運んで買いにくるような場所では、未成年の手には渡りにくい。どちらかといえばネットの方がお手軽に見れちゃうわけだし。

そのくせ片やアートとなれば局部は精巧に作られてる方が評価高かったりして、当たり前だけどダビデダビデにはモザイクなんてかからない。

結局のところ誰がどこでどんなテンションのときに目にするか、というような曖昧なもののようだ。
個人的には全部公開すればいいじゃない、と。
Twitterやネットに無修正のものが溢れているのは、海外のサーバ経由だったりいたちごっこだったりで、結局規制しきれない現状があるのだろうと思う。
でもいちばん目にしやすいそこが規制できてないんだから、面と向かってこれくださいっていう即売会では別にいいんじゃないかなって。

モザイクをとれって話じゃなくて、売らせてあげてよって話。
ひとつのお話をかききるのって本当に大変だと思う。話を考えて描いて、入校データにして搬入して。買いに行くのを楽しみにしてた人だっていただろうし。

きちんとルールには則って描いてたんだから、狭量なことしないであげてほしい。

そもそもその人によって基準が違うってのも結構問題ありだ。そういうことがないようにきちんと修正レベルを明記しておくべきだし、個人的な判断ではなく組織的な判断としてしっかり定めておいてあげて欲しい。

作ったものをひとつも誰かの手に渡せずに持ち帰るってのは、あまりにもショックの大きいことだから。

というぼんやりとした日記でした。

まったくおもしろくない。

夏がきている。全力で逃げたい。

 

季節柄CMを放映するからだとは思うのですが、三ツ矢サイダーのCMが物議を醸しているらしい。

 

吹奏楽経験者からのクレーム、いやご指摘ですか、があったようですね。やれ口が切れるとか歯が折れるとか…。

 

わたしも経験あるけれど、たしかに激痛です。鍛えようもないので何度か涙したことがあります。

 

でもどうなんでしょうこれ。

 

クレームを出したひとの心理ってなんなんでしょう。これを真似するひとが出る、という懸念なんでしょうか。

 

例えば、トランペットを演奏中でなくても背後からどーんは危険じゃないですか。でも日常的にドラマでもCMでも見かける光景だと思います。

 

トランペットを演奏していたひとも「おっとっと…!」という演技をしている。オーバーではあるけれど、とても自然な動きだと思いました。

 

というのも、目線が自然なんです。

普通、驚かされた、という表現ならすぐに友達を見ればいい。ところがリアルな演技として、トランペットの先を目端に捉えているように思います。

 

わたしはそれで十分じゃないかと思うんです。自然な演技をすることで、当たり前に起こりうることを予想させられていると思うんです。

 

意識してそれに気づく必要はありません。人間て不思議なことに、理屈はわからなくても勝手に判断できているものです。

 

仮にそれが全く出来ていなかったとしても、謝罪はしても放送中止にする必要はないと思います。

 

真似をするひとがでるかもしれない、というのはTV内すべてにおいて言えることだし、する、しないは自己判断。

していい、わるいも自己判断です。

 

吹奏楽をやっているひとがとる行動としては、クレームを出すのではなく、SNSなどで「真似しないでくださいね~」と自分の周りの人に教えてあげるくらいで大丈夫だと思います。

 

知っているひとはやらないし、知らないひとも別に真似はしません。

 

これに限らず、真似したらどうするんだ!って方、たまにいらっしゃいますけど、大人が真似したなら自業自得です。子供が真似したなら親の目の不行き届きです。

 

放映した側には責任はありません。

 

いい加減、与えられるものをすべて鵜呑みにしたがるのやめませんか。娯楽を見ながらでも頭は働かせてください。プログラム指示をただ受けて活動するだけのロボットじゃないんだから。

 

すべて正しいものなんてないですよ。

 

自分に入ってくる情報は、自分で考えて処理するんです。そうじゃなかったらTVで流せる娯楽がなくなっちゃうじゃないですか。

 

じゃあなんでも流していいことになるって思ったひと。問題がすり替わってしまっているので、気をつけてください。たぶん周りの数人に、あのひと結局違うところを話すのよね~と面倒がられている可能性高いです。

 

何でもはだめです。時間帯によって視聴者のターゲットが変わりますから、それに合わせて放送禁止レベルは変わります。

 

詳しくは知りませんが、尊厳を考えてご遺体や生死の瞬間、また視聴によって気分を害すものなどは基本的にNGになっていると思います。それのどれにも例外と賛否はあります。

わたしはあのCMが放送中止になったことに賛同者が多いことがちょっと怖いです。

そこまでのことではないと考えたから。

 

自分がおかしいのか。

 

でも少なくともわたしは、見てしまったことに対しては自分で選んでいきたい。取捨選択の自由を奪われるのはいやです。

 

このままこういったことが続けば、企業はそういうチャレンジングなCMやデザインを自粛します。

 

面白いもの、すてきなものに出会えたかもしれないのに、そもそもわたしの目には触れなくなってしまう。

 

トラウマになるほど悲惨なものではなかったし、そのCMが嫌いだからもう一生サイダー飲まない!ってひとも少ないと思います。

 

かつて頑張って獲得した思想発言の自由だったのに、現代では自ら規制されたがっている。

 

トラウマもんでも、得た知識は損ではない、とわたしは思いのだけど…。

 

この国もいつか、こういうことが積み重なって、国に苦言を呈せなくなる日がくるのかもしれませんね。

 

できれば、わたしの死後であってくれと望むばかりです。

やっぱどうかと思うんですよ。

 

例によって恩恵のない会社にいるわけなのでふつうに腹立たしかったんですけど、
先月ですか。プレミアムフライデーが始まったらしいですね。

ネット上でも九割「愚策だ」という声が多かったようです。

 プレミアムフライデーで検索すると、
愚策じゃい!という呆れや怒りの声の中に、
なぜこんなに叩かれているのか?という記事を発見。
拝読させて頂きました。

記事を個人的に要約すれば、
・恩恵なんてもともとなかったんだから、平素通りなだけなのに不満を言うのは妬みだ。
・施行することでのデメリットなどない
ということらしい。

ひとつめはその通りだと思う。
なにが腹立たしいって、恩恵があった人たちってたぶん
はなっから生活に余裕のあるひとたちなんですよ。

そういうことを積極的に取り入れてくれる社会に生きてるひとたちは、そもそもプレミアムフライデーがなくてもバランスのとれた生活ができているんじゃないかと。

そもそも労働基準法の一日8時間労働ってのが守れていればプレミアムフライデーなんてわざわざ作らなくても、時間帯は違えど生活に時間はあると思うんです。

法が悪いのか人が悪いのかわからないけれど、現実では残業や働き過ぎの過労死、ブラック会社が問題になっている。
そのなかでも残業代が支払われない状況が蔓延してる現代で、お金も時間もない状態のひとたちが多いと思うんですね。

ほんとうにそういう国からの助けが欲しいのはそういう人たちなんですよ。
そしてそういう人たちの生きてる社会には、そういうシステムは降りてこない。
わたしんとこの会社も音沙汰ありませんでしたからね!

法で定められた労働基準すら守られていないのに、強制力のないものが通るわけがない。なんの助けにもならない。
恩恵のあった、たった2〜3%のひとたちが散財したとして、ボーナスがわたしのところにくるわけでもない。
これがわたしのやっかみというか、怒りなわけですよ。

で、ふたつめの「施行することでのデメリットなどない」。
これはそうではないと思う。

現在の貧富の格差はかなり大きいってニュースになっている。
この格差は良くないので解消しようとしているわけですよね。

わたしは歴史にも経済にも明るくないので想像ですけど、
治安が悪くなったり経済が回らなくなったりするんですか?

後者は別として、前者は想像つくんですよ。

この前ライザップでお客様のロッカーから現金を窃盗した方がいらしたように、
そういうことが蔓延るようになるのかな、と。

これって精神的な不満が起こす行動だと思うんですよ。
目先のことでいっぱいで、心に理性をおいておく余裕がない。
そしてそういう事件をそんなに重要視しない気もする。
人を殺して盗む事件もままある一方で、こっそり盗むタイプの窃盗罪ってそこまで怖くないのかなって。

もうこの時点で治安結構悪いと思うんですよ。
貧富の格差が結構なところまできているってことじゃなのかなって。

それでもってくるのが今回のプレミアムフライデー

このように日常的に積もっている不満は持っている。

そこへきて、より不満を助長させている気がしてならないんですよ。

いつも通りひたすら働いている手前がいて、そんななかでテレビでは偉い人が15時には退庁するとか抜かしてて。
いいよなあ偉い人はさあ〜〜ってなるのって当たり前のことでは?

現代では結構簡単に殺人が起こるし、昔ほど他人を人間としてみてない人ってたくさんいて、もしそういう人たちがぎりぎりの精神で耐えて生きていたら、プレミアムフライデーでごくごく恵まれた人たちが明るい時間から楽しそうにお酒とか飲んでたら殺意湧かないかなとか。

まあこれは想像力のなせる極論ですけどね。

でもなくないよな、と思う。そんな時代じゃないですか。

不満を解消すべき策が、不満を助長させている。
働いてる人の、働かなきゃいけない人のやる気を削いでいる。
これはデメリットじゃないかと思うんですよ。

わたしは後から知ったので、もうとくにあ〜あいいな〜程度でしたけど。

他の人にとってプレミアムフライデーって
どんな気持ちを起こすものだったんだろうと、
ふと思う午後です。

ではでは、お昼行ってきます!(16:00なう)