pepetto

ぺぺっと不機嫌

死ぬなら勝手に死にやがれ!

電車への飛び込み自殺があった。
わたしへの実害といえば乱れたダイヤのせいでうまいこと帰省できなかったことぐらいだ。

ことぐらい、と言いながらわたしは自殺したひとに殺意を抱いている。

帰りのプランや時間配分を組み直し、迎えに来てくれている両親を長らく待たせてしまったし、なによりいつどの電車に乗れば良いのかわからぬまま1時間も立ち往生した。

疲れた。

帰りも遅くなった。散らばった肉片を片付けたひとたちに同情した。

こんな死に方でなければ、人に迷惑さえかけなければ同情されたかもしれないのに、こんな死に方を選ぶから死んでなおいろんな人にふざけんなよと思われるのだ。

そういう死に方しか選べないようなひとだから、生きてるあいだもうまいことできなかったんじゃないの?と思ってしまう。

わたしは冷酷で残忍でひととして最低なのかもしれない。

昔から自殺するやつは馬鹿だと思っている。

すごくバッシングされそうな発言だけど、だけどわたしの人生経験ではそう思ってしまうのだ。

自殺が悪いことだとは思わない。
ひとそれぞれ辛いこと、やるせないこと、どうしたらいいかわからないこと、どうしようもないことがあるんだと思う。

死にたいと思うことがあるんだと思う。

それにしたって、山で深く穴掘って、その中で焼身自殺とか餓死とかしたら、飛び込みよりよっぽど静かで迷惑も最小限、かつ運がよければ土に還れるのに。

そもそもなんでそんな死を選ぶか不思議だ。

保育園時代、兄が事故って植物状態になった。広い広い家にひとりで、集中治療室の前でいつ止まるやもしれない兄の心臓に念を送る家族を恨んだ。

わたしもその場にいたかった。遊んでくれた兄が死ぬならそのときそばにいたいし、不安な状態でひとりでいたくなかった。

2度、心臓は止まった。幸い3度目はまだない。

復活した兄は右半身麻痺で、障害者手帳
重度を意味するランク。家族全員が接し方や生活に戸惑った。

学生時代いじめがあった。
いじめる方にもいじめられる方にもなった。ストレスで視野が狭くなって、目が回って熱が出て、なんとか教室を出てトイレに行って吐いた。

保健室まで歩けなくて、良く見えない目で誰かがおぶって保健室に運んでくれた。保健の先生だった。どうしたの?と訊かれて具合が悪いと言った。なぜかと問われて、なにかいうより先に涙が出た。

泣いて、熱が上がって、一時間休んで、授業に戻った。

小学生の時、中学の時と何度かそういったことがあったけど、保健室で、誰かの前で泣いたのは吐いたあの時が最初で最後。

小学校高学年で、少しだけ自分に違和感を感じてそれから現在。

自分の性癖が少数派だと知って、そのことに関して家族や周りのひととの対応に悩んでいる。

自分が性的マイノリティかもしれないと思い至ったときの日記は、今見ても涙が出る。

なんとかしなくちゃとなんとか直さなくちゃと思い、それが無理なら普通を装おうとする自分が、今なお筆圧の強さと滲んだ水彩インクの中にいる。

社会人になった今、途方も無い人生の時間に気が遠くなって死にたいと思っている。
何が嫌ということもない。ただ目の前に横たわる想像も出来ない年数が怖いのだ。

後何十年と仕事をして、寝て食べて少し遊んで。今までは6年とか3年とかの区切りで、人生における新たな時代区分があった。

今はもう自分次第、いつどうなるかわからない。いくつになるまでになにがあって、という見通しもない。今が嫌になっても、2年後には卒業だからそれまでの我慢、というものもないのが恐ろしいのだ。

ひとはひとの、いろんな経験があって、それによって同じ事象でも受ける痛みや傷の深さは異なる。

わたしにも、上記のようなことがあったときは、わりかし本気で消えたい死にたいと思ったものだ。無論いまでも思う。

なるべく即死で、と願うばかりだ。

それでも、わたしはいじめで不登校にはならなかったし、兄への接し方に悩んだ時もなんとか考えたし、性的マイノリティで無理やり自己を歪曲させてヤケにもなっていない。

今はただ、嫌気がさしたり我慢ならなくなったら、いつでも自分で人生の時代区分を作ってしまえるのだと思ってなんとか。

今日が終われば明日、明日が終わればまた明日と、一日一日を生きて、楽観することで死にたい精神をなんとかしている。

わたしへ相談を持ちかけてきた多くのひとは、誰しもあなたのように強くはないのだと怒って泣いて、最終的にわたしを非難したけれど、わたしは強いわけではない。

逃げ方がうまいのだ。
うまいこと逃げるためにそっと努力もしたのだ。

逃げてなお死にたいひとは、死に方に配慮すれば、悲劇の主人公になれるかもしれないですよ、とだけ言っておく。

散々腹を立てて、生き返れこの野郎わたしが殺し直してやると思っていたわたしも、ご飯を食べれば機嫌も回復した。

ボロクソ言って申し訳ないけど、やはりあなたの死に方は正しくありません。
でも、人生お疲れ様でした。御冥福をお祈り申し上げます。

という、日記でした。
今日からわたし、ゴールデンウィークです。