pepetto

ぺぺっと不機嫌

かつてこんなひとがいた、とふと思い出すことがある。

むかし、自分が学生だった頃ほんの少しだけ現文の授業を担当した先生がいた。
ほんの少し、というのは臨時の先生だったからで、彼女に問題があってほんの少しだったわけではない。

わたしは彼女の授業を受け始めて少しして、彼女を不思議に思うようになった。服装が毎日同じに見えたからだ。

膝丈のプリーツスカートと、ボーダーのTシャツにジャケット。タイツの色は時たま山吹色という目立つカラーになってはいたが基本的には紺色だった。

着替えてないんだろうか。帰宅していないのか。学校に泊まりこんでるのか。風呂に入っていないのか。
それに対して良し悪しの感情はなく、ただただ疑問だったのを覚えている。

今日、唐突にそんなことがあったと思いだしたのだけれど、今になれば彼女の行動は特筆して変なことではないと思える。

わたしだって、あのときは毎日同じ服装だった。わたしだけではなく、全校生徒がそうだったように、彼女にとってあの服装は制服だったのではなかろうか。

毎朝服を決めるのは面倒だ。決断には気力を使う。どんなに些細な事でも。そういった気力のことを最近ではメンタルエナジーというそうだ。

だからスティーブ・ジョブズはいつも同じ服装をしていたというのは有名な話だ。ISSEY MIYAKEに100着ずつ注文して全く同じタートルネックを一生着続けていたという。

決断することは他にたくさんある。気力は常に消費される。だから毎朝の服装選びにいちいち気力を消費していられない。
同じ理由でオバマも同じスーツを着用していたとか。

教師とは大変気力のいる仕事なのだと思う。わたしからすれば、大口叩いてばかみたいに騒ぎ、打たれ弱く直情的なクソガキと毎日顔を合わせるのだって嫌だ。気力がいくらあっても足りない。

臨時の彼女はおそらく、「なぜ臨時で急に教師が必要になったのか」を誰かに聞いていたに違いない。聞けばこの仕事は面倒事で気力勝負だとわかる。

きっと決めていたのだ。仕事用の服を。

ひとは時間が経った後で、過去の体験の答えに出会うことがある。
ひとつのアハ体験なのかもしれない。