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pepetto

ぺぺっと不機嫌

嫌いなもんは嫌いだけどね

いつの時代にもいるだろう、ぶりっ子。
大半の女子に嫌われておきながら冷たい態度であしらわれても、クラスの男子ときゃぴきゃぴ話して平然としてたあの子。

あの子はたぶん、上手に生きている。

 

わたしは今も昔も、惨めなものは嫌いで可哀想なものが好きだ。でろでろに特別扱いしたい欲求がある。
それは愛玩動物に向ける愛情に近く、友達とはまた別の部類で、無論、対等な立場の人間に向けてはいけないとわかっている。

ぶりっ子な彼女は、実際の見目より可愛く振る舞い、わざとらしく媚を売り、それに対して嫌悪を示すクラスの女子を小馬鹿にし、強がる。ひとりになりたくないから、なんとか取り繕いながらなんでもする。惨めだ。

わたしも他者の主観によれば、長いものに巻かれてふらふらへらへら、そのくせ本心では誰のことも憶ってない、それでもその徒党として加わっているのが惨めに見えただろうけど。

いや、自分でも惨めに思えていたから、事実惨めだった。認めます。認めたくないけど、認めた振りをします。その方がスマートそう。スマートでありたい。

で、ここで彼女がみんなに嫌われて、もうなににも取り入れなくなっていたら、わたしの中で彼女は「惨め」から「可哀想」に格上げされ、恐らくわたしは優しく声をかけ、可愛いなあと本心から思って関係を築いていただろう。

ところが彼女は男の子には好かれてしまった。そして好かれていることに気づいて利用し、それまで敵対していた女子を丸め込み、いじめっ子になった。

この時点でわたしは彼女が嫌いになった。
週代わりでいじめのターゲットをとっかえひっかえし、話すのはどうしようもない恋のお話ばかりのその他大勢の女子と同じになってしまったからだ。

2日にいっぺんくらい好きな人と親友が変わるし、なにが面白いのか他人に無謀な告白をさせたがる。

見てて面白いのは、元ぶりっ子の彼女は、まだぶりっ子だったことだ。本当はたぶん、いじめを楽しめていないし、好きな人も嘘だろう。親友だなんてこれっぽっちも思っていない。

でもうまいこと馴染んでいた。

そういう振りをしている。今もしているんだろう。
かわいい振り、弱い振り、強い振り、平気な振り、逃げてない振り、出来てる振り…生きてく上で振りは大事だ。

自分らしくいるためにも、振りをしておくことでそれが本当になることが多々ある。なりたい自分の振りをしていれば、真実なりたい自分でなくても他人の目にはなりたい自分で写っている。

それで十分ではないか。

それが学生時代からできていたというのは、自分のコントロールが出来ていたということなのだから、彼女はわたしよりずっと大人だった。
本心から納得の行動ではないわけだから実際は大人の振りなのだけど、振りが出来るということは大人だからなのであって…。堂々巡りだ。つまりほぼイコールでいいんだろう。

とにかく、振りが上手なぶりっ子だから、あの子はたぶんうまく生きている。

見習いたいね。かつては嫌いだったわけだけど、大人になって彼女の本来のすばらしさに気づいたということにしたい。

今なおこどもな自分を、過去から払拭していきたい。今、わたしは大人の振りの最中だ。つまり、彼女と一緒でぶりっ子だ。

たぶん、周りのみんなもぶりっ子だ。